SAWAKO KITABAYASHI'S BLOG
   
     
 
     
「佐和子のささやき」
脚本・演出家 北林佐和子による、日記ページ。著書や、最新のプロデュースしたイベント情報、日々感じたことなどを、独自の視点で綴ります。
 
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2016/06/27
2016/06/12
「感激日誌」
2016/06/11
「花嫁のれん 我が家編」
2016/06/10
「携帯カメラマンです 花嫁のれん」
2016/06/09
「道糞 波乱の生涯」
2016/06/08
「荒木村重」
2016/06/07
「携帯カメラマンです 近場編」
2016/06/06
「携帯カメラマンです 台湾編」
2016/06/04
「携帯カメラマンです」

 
2016/06/27 14:43  
 
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「感激日誌」 2016/06/12 10:57  
 引っ越して2年余。よかったなと思うのは、お芝居やコンサート会場へのアクセスが良い! 東京の比ではありませんが、関西に住む劇場ファンの、おそらく最好立地に暮らしております。
昨日も風間杜夫さんの一人芝居「正義の味方」をひとりで観劇。
この類まれな名優の、ひとり芝居最高傑作「カラオケマン」には及びませんでしたが、脚本家にして演出家、水谷龍二リスペクトの私としては、外してはならない舞台でした。

 さて過日の号で、人間は何事も受け容れることのできる稀有な動物と記しましたが、
何事も許し、受け容れるからこそ、過ちを繰り返すとも云えます。
戦後70年、現職のアメリカ大統領が広島の原爆記念館を訪問し、慰霊塔に献花した事実。日本人はこの結果を受け容れ、評価することのできる民族です。たぶん隣国では有り得ない光景だったでしょう。私も幾許かの心の引っ掛かりはあっても、そのテレビ中継に涙した国民のひとりです。ただ、その許容が次の戦をも許す弱さにはつながらないだろうか…

 舞台「正義の味方」は、先の戦争を生き抜いたひとりの老人をとおして、忘れ去り、許す日本人の危うさを描いています。
 
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「花嫁のれん 我が家編」 2016/06/11 13:04  
 花嫁のれんの風習が今も残る石川県でも、結婚式が済んだあと、ほとんどの家ではタンスのなかにしまわれ、二度とかけられることがありません。
 そののれんを譲っていただき、あるとき舞台美術として飾り、二年前に引越ししてからは我が家の台所で、食料品などの隠し用に使用しています。
 贅沢な使い道かもしれませんが、日々の暮らしに、このような職人技を取り込むのも面白いと思います。
 
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「携帯カメラマンです 花嫁のれん」 2016/06/10 09:28  
 花嫁のれんは、能登、加賀、越中で始まり、今も続く婚礼の風習です。
花嫁は嫁入りの際、実家の紋を入れたのれんを婚家に持参し、仏間にかけてくぐり、先祖に挨拶します。

 写真は先日オープンした七尾市「花嫁のれん館」を訪れたときのもの。高い天井、陰影のある間接照明は、素人カメラマンにも悦に入る写真をもたらせてくれるときがあります。
 
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「道糞 波乱の生涯」 2016/06/09 02:15  
 道糞(どうふん)とは、荒木村重が出家し茶人として用いた名前です。
 
  単身逃亡した村重はしばらく隠遁していましたが、運のよいことに信長が本能寺の変で横死ししたため、利休を頼って茶人として復帰します。そのとき先の名を名乗ったわけですが、妻子、一族、家臣を犠牲にして生きながらえた自分は、武将でも何でもない、道の糞(クソ)であると開き直ったのでしょう。しかし、その開き直りが豊臣秀吉に気に入られ大坂城に出仕することになります。その際、糞では天下人に非礼であろうと、道薫(どうくん)と改めさせられています。城内では、黒田官兵衛など村重に遺恨のある人物とすれ違うこともあったでしょう。名誉と不名誉、愛と裏切り、すべてを受け容れた稀有な人生です。

写真は京都で見つけたお化けのような大木。ビルを突き破るようにそそり立っています。おそらくビルの建つ前からこの木は存在したのでしょうが、どこかで人間のほうが共存の道を選んだのでしょう。

  人間は何事も受け容れることのできる稀有な動物です。
 
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「荒木村重」 2016/06/08 08:58  
 これは、いい写真でもなんでもないんですが…
前号に続き大阪府伊丹市より、荒木村重の居城、有岡城について。
  この荒木村重という人物、NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」で認知度が上がりましたが、とても興味深い人物なんです。

  青年期よりおそらく策略に長けていたのでしょう。主君を、池田氏、三好氏、織田信長と替え、ついに摂津一国を任され有岡城主となります。村重は茶人としてもすぐれ、利休の弟子「利休十哲」に数えられています。ところが信長に対し突如、反旗を翻します。理由はさまざまに語り継がれていますが、信長への恐れが膨れ上がり、疑心暗鬼に陥ってしまったんでしょうね。抵抗して籠城は一年以上、使者として派遣された黒田官兵衛を騙し、土牢に監禁し、その過酷な生活から官兵衛は足を悪くしてしまいます。長期戦の結果、頼みの援軍は来ず、兵糧も尽きはじめたため、村重単身で有岡城を脱出。人質となってしまった妻子、一族、家臣、その家族にいたるまで信長により処刑されます。その数600余り。さらに高野山が村重の家臣を匿ったため、僧侶100人が捕らえられ殺害されています。

  ところが肝心の村重は…
次号に続く…
 
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「携帯カメラマンです 近場編」 2016/06/07 07:15  
 切り取る空を中央にもってきた写真。
阪急沿線に引っ越して早二年。以前から、電車に乗って近場の旅を楽しんでみたいと思っていたところ、先日、スケジュールが急に空いたので、伊丹(いたみ)に行ってまいりました。

 伊丹といえば空港のある街。しかし、古くは酒づくりの郷。この写真の場所は、酒蔵を現在は資料館として公開している町家です。そして伊丹は、荒木村重が治めた有岡城の城下町でもありました。村重という、この興味深い人物が、時代の違いこそあれ、同じ空気を吸ったかと思うと、感慨もひとしおです。
 
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「携帯カメラマンです 台湾編」 2016/06/06 07:37  
 同じお寺でも宗派が変わるとやはり趣が変わります。まして国が異なると…時代や国民性が見えて面白いですね。
 先の永平寺は禅宗ですが、この龍山寺は台湾・台北市にある、道教や儒教さまざまな宗教を習合した寺院です。敷地には大小あわせて100余りの神仏が祀られており、人も、人にあらざるものも大層賑やかです。

 私の写真の傾向、切り取られた空という構図が多い。
人間の知恵と夢、そして欲望の象徴である建造物、それと自然の対比に心惹かれるのです。
 
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「携帯カメラマンです」 2016/06/04 10:46  
 スマートフォンの性能が上がり、誰でもどこでも気楽に撮影することができるようになりました。かくいう私もそのひとり。仕事の記録とか、ブログのためとか言い訳しつつ、秘かな楽しみのひとつになっています。
 写真の楽しみはまず風景を切り取ること。いわゆる構図ですね。写したいものを写真という四角の枠にどのように配置するか、それこそが撮影者の感性、いえ撮影者の人格そのものといっていいかもしれません。
 
 写真は先月初め訪れた福井県・永平寺の回廊。
陰影がうまく出ていないのが素人の悲しさ。でも山寺の回廊の美しさを感じることができます…って自画自賛ですか…
 
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